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冊子「拉致監禁」シリーズ 2 その時警察はどう動いたか
5 監禁を二度も黙認した警察
宮腰美千代
父からの暴力に「死の恐怖」
元信者が次々とやって来て脱会強要をしました。彼女たちは、監禁を保護と称し、「脱会後は大阪栄光教会でリハビリするのだ」と言いました。まるで私は病人扱いです。元信者のTさんは、私が何を言っても受け付けないのに、監禁された状況を感謝するように私に強要し、「今まで話せなかったことを、何でも話したらいい、ここはそういう所なのよ」と言いました。
彼女は、私と教会責任者との信頼関係を壊そうと意図してでもいるかのように、かつて彼女が責任者からきつく言われて怨んだ内容を、いかにも統一教会の人は不遜な人達ばかりだという印象を与えながら話してきました。
また、松沢牧師は、84年、世界日報の元幹部であった副島氏が暴漢に襲われて負傷した事件を、犯人が特定されてもいないのに、「統一教会員がやった」と決めつけ、Tさんは「円和道の団体は統一教会のテロ組織だ」などと言って、統一教会を恐ろしい集団だと話しました。
これらの話は、何も知らない親の不安を煽り、統一教会を悪の組織に仕立て上げ、自分たちが監禁して脱会させていることを正当化させるものでした。私が反論すると、松沢牧師は怒鳴りちらし、統一教会の悪口ばかりを言いました。私が逃げないよう監視役に徹する親の姿を見て、私はまるで親を人質に取られているかのように感じられて、本当に悲しくなりました。私が「ここから出たら訴えてやる!」と言うと、松沢牧師は「訴えられるものなら訴えて見ろ、俺は最高裁までいった男だ。その代わり君も堂々と出てこいよ、俺は恐くない」と脅しました。
父は毎晩お酒を飲み、「統一教会をやめないなら、絶対にここから出さない。6か月過ぎてやめないなら精神病院に入れる。お父さんはヤクザと付き合いがある。統一教会の奴らがおまえを連れ戻しに来たら、ヤクザを呼んで蹴散らしてやる。責任を取るときは指をつめろ。おまえに先に死んでもらうかもしれない」などと強迫し、暴力をふるいました。その姿は、まるで何かに取り憑かれているかのようでした。
このような状態は、松沢牧師が帰った後、毎晩続きました。家で反対していた時より激しく殴られました。私は本当に殺されるかもしれないという恐怖感に襲われ、包丁を捜し出し、一晩抱いて寝ました。「ここから解放されるのは、私が瀕死状態になったときかもしれない」と深刻になりました。翌朝、母が包丁(注:包丁といってもプラスチック製で、よく切れない包丁)がないことに気づき、弟と一緒になって取り返そうと引っ張り合いになりました。その際、弟がケガしてしまいました。弟を傷つけたことに私は責任を感じ、最後の手段として、ツナ缶のふたを隠し持ちました。もし自分の身を守るのにこの方法しかなくなった時は、ツナ缶のふたで手首を切るつもりでした。
閉鎖された環境で、すべての人から批判され、信じるもののすべてを奪おうとしてくるのですから本当に苦しく、この環境から抜け出たくて仕方がありませんでした。
そんな中で夢を見ました。修練会の班長が出てきて、「『本性で暮らす』の何ページ何行目に書いてあるでしょう!」と叱られたのです。翌日、元信者に頼んで『本性で暮らす』という本を持ってきてもらい、夢で教えられた部分を読むと、批判されてきた内容の答えが載っていたのです。また、文先生が弟子を従えて歩く姿も夢で見て励まされました。
そうかと思えば、ゾンビのような悪霊が私に覆い被さって来ようとするので、それを思いっきり刀で突き刺したのに、すぐ二体目のゾンビのような悪霊が現れて襲って来るので、必死に刀で突き刺すという恐ろしい夢でした。
2 その時警察はどう動いたか
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