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我らの不快な隣人 統一教会から「救出」されたある女性信者の悲劇
第六章 引き裂かれた家族
ダブルバインド
2人は折を見ながら"保護説得"はやめるべきだと黒鳥に話した。それぞれが個人的に黒鳥と話したこともあった。はかばかしい反応はほとんどなかったが、ときにキッとなって「保護説得じゃなければ、他にどんな方法があるというのよ」と怒鳴られた。一方で、麻子が公衆の面前で大勢に拉致されたときの辛さを訴えたときには、黒鳥は「路上保護だけはやめることにしましょうね」とみんなに語りかけたこともあった。
麻子はアトピー湿疹に苦しんでいることや睡眠障害のことも黒鳥に相談したが、それについてのアドバイスはもらえなかった。次第に、黒鳥の態度は冷たくなっていく。電話をかけても、「いま忙しいから」とすぐに切られることが増え、麻子は裏切られたような気分になっていった。
黒鳥の態度とは別に、麻子がショックを受けたことがある。それはある男性脱会者の言葉だった。
「そんなに苦しい苦しいというなら、統一教会信者のままのほうが良かったって言うのか」
ナイフで心が切り刻まれたような感覚を覚えた。
彼が突きつけた「ダブルバインド」の問いかけは、精神の分裂をもたらす危険なコミュニケーション・パターンとされている。たとえば、親から呼ばれて子どもが近寄ると突き飛ばされる。逆に無視をしても怒られる。子どもはどちらを選択することもできない。脱会者の問いかけも同じである。保護説得がいやなら統一教会信者を続けるしかない。信者であり続けるのがいやなら"保護説得"を認めなければならない。麻子にとってはどちらも選択することができない問いかけだった。〈注一〉
一方、両親の教会通いは麻子が体調不良のため出席できないときでも、中断することなく続いた。美佐の母親ともしょっちゅう顔を合わせた。子どもが脱会すればもう教会に通う必要はないのだが、脱会者の家族は成功者として悩める現役信者家族の応援をしなければならなかった。
家族の間で"御礼奉公"と呼ばれる、無償の奉仕活動である。御礼奉公は、成功体験を話すだけでなく、"保護説得"の手伝いも含まれた。麻子の両親は3件に関わった。