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“拉致監禁”の連鎖 パートⅦ、Ⅷを終えて(下)
根絶訴えた宿谷麻子さん急逝
拉致監禁の被害者らが開いた「宿谷麻子さんを偲ぶ会」=12月1日、東京都内
「国境なき人権」の取材を受けた拉致監禁被害者の一人、今利理絵さんから先月17日、取材班にメールが届いた。同じ被害者で連載パートⅣ、Ⅶに登場した宿谷麻子さんの訃報だった。享年48歳。
亡くなったのは10月15日。クモ膜下出血で自宅で倒れ…とのメールに、拉致監禁によるPTSD(心的外傷後ストレス障害)がいかに過酷なものかを思い知らされ、衝撃を受けた。
今年3月、宿谷さんと最後に会った時の記憶がよみがえる。
「今は8時間くらい眠れるようになりました。悪夢もほとんど見なくなりましたね。不安、恐怖、怒り、辛さとかもほぼ消えました」
穏やかな表情で近況を語りながらも、宿谷さんが記者に見せたのは精神科医師による処方薬の一覧だった。そこにはパキシル(うつ病・うつ状態などの治療薬)、ホーリット(統合失調症の治療薬)、サイレース、エバミール、ユーロンジンをはじめとした6種類の睡眠導入剤と睡眠薬など、合わせて薬11種類が並んだ。顔からは、長年苦しんでいたアトピー性皮膚炎の痕跡は消えていたが、服用する薬の副作用が頭をよぎった。
宿谷さんが約4カ月半の監禁後、統一教会を脱会したのは1996年4月。その直後から、アトピー性皮膚炎、精神不安、睡眠障害などに悩まされ、2000年には拉致監禁によるPTSDと診断された。宿谷さんにとって、脱会後の16年間はPTSDとの苦闘の日々だった。
国境なき人権の報告書もルポライター米本和広氏の著書『我らの不快な隣人』を引用する形で「重度の複雑性PTSD」に苦しむ宿谷さんについて触れている。彼女の若すぎる急逝に、PTSDの影響があったと見て間違いないだろう。
宿谷さんの症状を悪化させたのは脱会後の孤独感だった。彼女を「救出カウンセリング」した黒鳥栄牧師(日本キリスト教団戸塚教会)に拉致監禁の苦しみを訴えても無視された。「精神的な面は、黒鳥牧師が『すべて面倒を見る』と約束していたので頼っていましたが、裏切られたという感じでした」と当時の絶望感を語った。
また、今利さん夫妻が両親や黒鳥牧師らを相手に民事訴訟を起こしたことについて、「私も監禁は苦しかった。(今利さんの訴えに)耳を傾けてはどうか」と吐露したことから、黒鳥牧師の支援者から“裏切り者”扱いされて、居場所を失ってしまった。
その一方で、自らホームページを立ち上げて、PTSDの苦しさと拉致監禁の根絶を訴えた続けた。一時は、市民団体「拉致監禁をなくす会」の役員も務めた。この宿谷さんの行動に勇気づけられた被害者は少なくなかった。パートⅦに登場した塩谷知子さんはその1人。「自分の体験を赤裸々にさらけ出した被害者は教会員にもいなかった。麻子さんには勇気をもらいました。それまでは泣き寝入りでしたから」と語っている。
今月1日、拉致監禁の被害者らが「宿谷麻子さんを偲ぶ会」を都内で開いた。「(拉致監禁の被害をなくすには)私のような脱会者が声を上げ、被害の実態を法廷で明らかにすることが有効な手段です」。こう訴える宿谷さんのありし日の姿が会場に映し出され、参列者の涙を誘った。
全国拉致監禁・強制改宗被害者の会代表の後藤徹さんは「宿谷さんの孤独、苦しみがあまりにも大きいが故に、拉致監禁をなくしたいという決意と意志を、彼女以上に強く持って活動する人はいただろうか。私も彼女の決意と意志を相続したい」と誓った。
PTSDに苦しみながらも、拉致監禁の根絶を訴え続けた宿谷麻子さんの冥福を祈りたい。
(「宗教の自由」取材班=編集委員・堀本和博、片上晴彦、森田清策、社会部・岩城喜之)