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“拉致監禁”の連鎖(180) PTSD発症(8) 実態解明は今後の課題
実態解明は今後の課題
「国境なき人権」が公表した報告レポート「日本 棄教を目的とした拉致と拘束」の日本語版
戦争、犯罪、自然災害、交通事故などにおける恐怖体験が引き起こす精神障害「心的外傷後ストレス障害」(PTSD)がわが国で一般に知られるようになったのは、1995(平成7)年の阪神・淡路大震災以降だ。被災者や救援活動を行った人たちの間に、精神的不調を訴える人が多数出て、「心のケア」の重要性が指摘され始めたのがきっかけだった。
研究の歴史が浅いこともあって、PTSD発症のメカニズムはまだ不明な部分が多いが、体験した事件・事故の衝撃が大きいほど発症しやすいことが分かっている。その一方で、同じような異常状況下に置かれても、すべての人が発症するわけではないことから、患者は「甘えがある」などと周囲から誤解されることが少なくない。強制棄教では信者仲間から「信仰が弱い」と言われ、それが病状の悪化や回復の遅れの原因になるケースもある。
PTSD研究の「先進国」と言われるのは米国だ。ベトナム戦争の帰還兵に社会への不適応がかなりの高い率で表れたことが研究の本格化につながった。犯罪被害者の後遺症の研究で知られる精神科医の小西聖子さん(武蔵野大学教授)は著書『トラウマの心理学』(NHK出版)の中で「ベトナム戦争の前線で戦った兵士の約一五%に、PTSDが起こったといわれている」と紹介している。
では、強制棄教によるPTSD発症の割合はどれくらいなのだろうか。この分野の研究がほとんどない中で、医学雑誌『臨床精神医学』第29巻第10号(2000年10月発行)は池本桂子、中村雅一両氏による「宗教からの強制脱会プログラム(ディプログラミング)によりPTSDを呈した1症例」という研究報告を掲載した。
この中で、両氏は宗教学者ルイス氏らの研究に言及し、「強制的に脱会カウンセリングを受けさせられた36人のうち、61%に意識の浮遊や変容状態、47%に悪夢、58%に健忘が生じ、こうした異常は、自発的に脱会カウンセリングを受けた人では発生頻度が低い」としている。
一方、池本、中村両氏は症例となった女性(32)の信仰を明らかにしなかったが、昨年末、日本の強制棄教についての報告書「日本 棄教を目的とした拉致と拘束」を公表した国際人権NGO「国境なき人権」(本部・ベルギー)は、報告書の中でこの女性が両親や親族に約20日間、監禁された「エホバの証人の信者」との情報を得たことを明らかにしている。
同NGOは2010年から11年にかけて、拉致監禁の被害を受けた統一教会とエホバの証人の信者約20人をインタビューするなどして、日本における強制棄教の実態調査を行っていた。強制棄教の被害者は統一教会信者だけではないのである。
それでは、「40年間で4300人」と言われる統一教会信者の被害者またはその関係者で、その後遺症としてPTSDや何らかの精神疾患を発症したケースはどれほどあるのだろうか。 同教会によると、09年夏以降に行った調査時点でPTSD発症者6人、うつ病2人、病名は不明だが何らかの精神的疾病がある被害者16人(監禁被害との関係が不明の場合も含む)だった。
もちろん、この数字は氷山の一角にすぎない。拉致監禁の被害を受けても脱会しなかった信者(同教会によると、全被害者の3割)のみが調査対象で、脱会者については不明だからだ。また、調査時点ですでに治癒していたケースも考えられ、実態解明はこれからの課題である。
(「宗教の自由」取材班)